現在,医療はEBM(Evidence Based Medicine)の概念のもとに,インフォームドコンセント(IC)を経ておこなわれます.つまりすべての予防処置や治療が,ほんとうに根拠のある行為であるか否かを実証されたデータをもとに検証します.さらにそのことをきちんと理解できるまで患者さんに説明(インフォーム)し,患者さんの合意(コンセント)のもとにおこなわれてゆきます.患者さんが「先生にお任せしますので,どうか一番いいと思う方法で治療してください」という時代はもう終わりました.患者さんは医師からの説明をよく理解して,わからないことがあれば質問し,それでもまだ疑問が残る場合にはさらに別の医師にセコンドオピニオンを求めます.それでも納得がいかない場合には,サードオピニオンを求めてられても構いません.納得のいくまで説明を聞いて,その治療が自分にとって生物学的・社会的・経済的に或いはライフスタイルからみてメリットがあるか考えて,その治療を自らの意志で受け入れるか,不可侵性を主張(私に対して何もしないでください)します.インフォームドコンセント(IC)の先進国であるアメリカ・ハワイイ州で,非常に感動的な逸話が残されています.
レラ・サンはやさしくて,若いサーファーたちからの相談にのったり面倒見がいいことで慕われる,ベテランのロコサーファーでした.ところがある日,彼女ののどが癌に冒されていることが判明しました.医師たちは存命をかけて手術を勧めましたが,手術をすればのどに穴が開くことになり,そこから水が入ってくるためライフスタイルである大好きなサーフィンを断念しなければなりません.しかし彼女はサーフィンをとり手術をしないことに決めました.大好きなサーフィンを死ぬまで続けて惜しまれながら静かに亡くなってゆきました.これこそがインフォームドコンセントの真のあり方だと思います.
現代の医師たちのあいだでは,通常は学会出席等で最新のEvidenceについて勉強しているため,それほど意見の違いなどあるはずもありません.安心してご自分の気に入った医療機関を受診すればいいのですが,昨今,特に民間病院などで,単に患者獲得を競るあまり evidence からはほど遠い empirical なオピニオンをあたえ,そのために患者さんが混乱してしまう現象がしばしば見られます.
医科の各科では,学会で決められた各種治療マニュアルも完備され,どの病院を受診しても治療法にそれほどバリエーションはないのですが,いまだ歯科のうち,さらに日本における歴史的背景が浅い顎関節症治療や矯正歯科治療で,多くのトラブルが見受けられるようです.また医科の医師たちでは,たとえば難症例などで,患者さんの意志で病院を変える場合も,現代の医療でこれまでも対処してきたのになかなか治らないのだったら,いくら病院を変えたところで治癒が促進される望みは少ないと考えることが普通なのですが,どういうわけか歯科の先生方の中には「我こそが治して見せよう!!」と意気込む方が多いのも事実のようです.
当院を受診された患者さんのなかからひとつだけエピソードを紹介しておきます.4年半前Wさんは,顎関節症を矯正治療によって治す目的で,ある大学病院を訪れました.そこで治療計画の一環として上アゴの左右の4番目の歯を抜歯しました.しばらくはその病院に通ったのですが,治療経過に疑問を感じ別の大学病院を受診しました.そこで前の大学病院で行われた抜歯は誤診であると告げられました.抜いてしまったものはどうしようもなく,後に人工歯で補綴することを考えて,またしばらくその病院に通いました.しかしまたある日その病院での治療にも疑問を感じ,都内のある顎関節治療を専門にしている個人病院を訪ねました.そこで,担当医に「○○○○○大学じゃ治らんよ」と告げられました.仕方なくその医院に通うことにしました.その医院ではただちに1cmもの高さの樹脂を奥歯に盛り上げられてしまいました.あごの痛みはよくなったものの,それからはうまく食事ができなくなりました.そうこうするうちにまた痛みもぶり帰り,途方に暮れて当院を受診しました.すでに心はトゲだらけで,精神的にも変調を来していました.当院で,簡易精神療法の基本である受容・支持・保証の原則のもとに治療をおこなっていったにもかかわらず,ある日転院とそれまでの全額の治療費の返還をもとめる意向を示して他の病院に移っていかれました.残念なことです.この患者さんにつきましては結果論ですので何とも言えませんが,せめて最初からみせていただければと悔いが残ります.また医師の質の国際格差に思い至ります.
患者さんが通ってらっしゃる病院以外の医師の意見を求めることを,セコンドオピニオンを得るといいます.2つ目の診断を受けるといった意味です.なぜセカンドオピニオンが必要かというと,医師は自分が最もよいと思う方針を勧めます.しかし別の立場の医師から説明を受ければさらに具体的な比較が出来るようになりより納得のいく治療が期待されます.セコンドオピニオンが主治医のした診断と一致していれば,主治医の診断や方針に対する確認ができます.同時に治療の妥当性・普遍性を確認できます.セコンドオピニオンが,主治医のした診断と一致していなかったならば,主治医の示す治療法以外の治療法が得られる可能性があることを知ることができ選択の余地が生まれます.
セコンドオピニオンを得ることは,個人の権利についての熟慮の歴史的背景を持つアメリカにおいては自然におこなわれていることです.でもこういった習慣の根付かない日本では,患者さんにセコンドオピニオンを与えたところ,ファーストオピニオンをしたドクターが血相を変えて受付や衛生士まで引き連れて,「人の患者をとるつもりか!!」と言って押し掛けてきたという笑えない話を聞いたことがあります.このように発生基盤から見れば非常に純粋な概念なのですが,昨今巷で通常に行われているセコンドオピニオンは,どうも良心から出たものばかりでないといわざるをえません.実際にあった話ですが,たとえば,「矯正治療を開始しようと思うのですが・・・」といったお母様に対して,「まだ早いから年に一回はみせなさい」と言っておきながら,毎年検診に通ったのに,つぎのつぎの年「もうおそいよ」といわれた.現在では成人矯正まであるのですから,おそいなんてことはけっしてないのに・・・.矯正治療ができないといいたくなかったのでしょうか? 疑問が残ります.さらに,医院経営も大変な昨今ですので,患者獲得のため躍起になり,あることないことを吹聴して回るドクターまでいるようです.同業者として恥ずかしいばかりですが,こうしたことによってせっかくのセコンドオピニオンのメリットも台無しになって,あとに残されるのはいつも何が何だかわからなくなってしまった患者さんの姿です.ある医院では歯を抜かないでも治るといった.あるところでは,抜かずに治せば口がとんがって猿のような顔になると言われた.装置も取り外しができるもので治ると言われたのに,次のところではそんな方法は古いと言われた.治療費も最安値の数万円から十数万,数十万から百万円の上まであった.わからなくなって当然だと思います.それでは最初からすべてを忘れたところまでまず戻って,あくまでいくつめかのオピニオンとして,現代の矯正歯科学会認定医のひとりの普通の意見に耳を傾けてください.
これは,単なる建ぺい率の問題です.「うちの工務店では30坪ご購入いただけたら40坪の平屋を建ててみせます」っていわれたらだまされてるなってわかるのに,口の中のことだと途端にわからなくなってしまう.抜かずに治すということは拡大するということです.現代矯正治療の大きな目標のひとつに口もとの美しさがあげられます.歯は抜かずに済んだが,バケツみたいな口になってしまった.歯の根がみんな骨の外に飛び出してしまってしみてしかたがない.なんてことにならないようしっかりとした診断を受けましょう.専門医や歯科大学には,セファログラム という矯正専門のレントゲンがあって,150cm離れたところから耳の穴を固定して規格撮影をしてコンピュータ分析をしてゆきます.これでほねの土地にどれだけの大きさの歯の建物が建築できるかという,つまり歯と骨の大きさのバランスがわかり,抜歯すべきかどうか判定できます.私たち専門医はもし患者さんが「抜くなら治療は受けない」といっても,もちろん充分なインフォームドコンセントはおこなうものの,自分の診断を覆してまで治療をすることはありません.ところがお金のためなら自分の信念を曲げてでも治療を引き受ける輩がいることも残念ながら確かです.くれぐれも医院経営の犠牲にならない賢い患者さんでありますように・・・.抜歯非抜歯についてのさらに詳しい論議はここをクリックしてください.